2004年3月21日  KANTAが「よみがえれ森」のスローガンのもとに、熊野川町の森の植林地において10周年記念植樹を実施しました。

10周年記念植樹の式次第は以下のとおり
・10:00 開会(司会進行役: 沖田KANTA自然部会リーダー)
・10:01 KANTA代表挨拶         藤間 繁義 代表理事
・10:06 熊野川町代表挨拶        新家 義久 町長   
    (熊野森林文化国際交流会副代表)

・10:10 熊野川町森林組合代表挨拶    田中 多喜夫 参事
    (熊野森林文化国際交流会副代表)

・10:15 参加者紹介
   熊野川町        新家町長、中村助役、木下参事、東産業建設課長
   熊野川町森林組合組合員 田中 多喜夫 様、坂本 晃夫 様、坂本 操 様、池田 サト子 様他
   KANTA会員     藤間 繁義、藤間 孝子、岡田 昴、沖田 忠明
               中岡 健生、三橋 浩の各会員
・10:20 植樹開始
・11:00 植樹終了            岡田事務局長挨拶
・11:05 記念品贈呈
・11:10 終了          

 まるで一つの地方公共団体の行うイベントのような感じだった。町長をはじめ、町のお歴々が参加して、このイベントに重みを与えていたし、参加していた森林組合の人たちの張り切りようもうかがえた。この日のイベントの目的は熊野川町所有の森林に植樹をすることであった。その中にはわずか6名だが関西ナショナルトラスト(通称KANTA)の会員も参加していた。

 外見上、そういわれればそのようにも見えた。だがこのイベントは KANTAが主催するものだった。そして、たかが1NPOの企画するイベントにも拘わらず、町の行政を与る人たちまでもがわざわざ参加してこのイベントに 花を添えてくれたのは何故なのか。然り。そこには環境保全を唱うことで存在価値を持つKANTAがこの地に対して10年にも亘って毎年行ってきた植林活動に対して熊野川町が感謝の気持ちでもって報いてくれたからであった。

 熊野川町の森林に対する KANTAの関わり

今も残っている第1回植樹時に
KANTAが立てた看板
身長の2倍以上にも生長していたヤマモモの木(だが枯れていたのも多かった)
植樹後の記念撮影(
最前列向かって右が新家町長)
10周年記念植樹参加KANTA会員
(左から二人目が藤間代表)

  KANTAが何故この地に関わったのか。この経緯については、このホームページをご覧になっている方は、「自然環境部会」のコーナーに掲載されている 「よみがえれ森」のタイトルの付いた2つの報告記がその一部始終を伝えている。このページの読者も時間があれば、それらを読んでから又ここに戻ってほしい とも思う。

 いずれにしても、この地の住人にアジア協会アジア友の会(JAFS)の重鎮がいた。彼はアジアの人々にやっていることを国内にもと考え、熊野川町 のの森林の保全を考える組織を作った。JAFSの会員も彼の呼びかけに応え、それならナショナルトラスト方式をとるJAFSの別組織を作ろうではないと 言うことでKANTAが生まれた。形の上では、JAFSとは独立したものだったが、そのイメージは「山林や農地、美しい自然を次の世代へ」であり、所謂JAFSのコンセプトだった。

 ついでながら言えば、この時この組織をKANTAつまり「関西ナショナルトラスト協会」とネーミングをしたことで、「自然環境」の保全だけに限定 できなくなり、歴史環境や生活環境の保全をも考える組織としてあるべきだとのKANTA会員自身の提案を受けて、活動の規模は大きくなっていった。これら の活動の理念は KANTAが法人として正式発足したときの規約にも盛り込まれており、いずれが欠けても KANTAの存在理由が問われる筈のものだった。

 KANTAの現状についてはいずれ誰かが報告するであろうから、話を戻そう。 KANTAの「よみがえれ森」作戦は、 KANTAの生命線であり、自然環境保全活動を実質的に行っている唯一の活動といってよかった。( KANTA内でのその他の活動はあらゆる環境保全の大切さがわかるための、あるいは啓蒙するための準備・体験的活動が多かった。又「よみがえれ森2」の企 画もあるが、実現にいたっていない。)その意味では KANTAの活動の原点でもあったので、10年間も続いてきたのであろう。そして、当初は KANTAの地方部会の一つであったが、その後当地のKANTA会員が脱会したことを契機に KANTAの全体企画の中に繰り入れられてここまできたのだった。(どういう経緯でそうなったのか、最近加入の報告者にはわからない。だが、こんな場合組織の基本方針に関わることが多く、きちっと総括しておくべきだとは思うが、その記録はない。)

  植樹に当たって

 式は藤間KANTA代表の挨拶から始まり、この10年の経緯について、JAFSの活動も含めて報告された後、近々この地が新宮市に併合されても、この地の活動を続けていきたい旨の意思が表明された。続いて新家熊野川町長の挨拶があり、10年間の活動に対する謝意と当地での近況報告がなされた。最後には、この10年間、 KANTAの植樹と手入れを実際に指導されてきた熊野川森林組合を代表して田中参事が森林組合側に立ったこの間の事情をなつかしげに説明された。

 この間、報告者は、この日の前日にこれまで KANTAが植樹してきたところがどうなっているのかを参加者と一緒に調べに行ったことを思い出していた。実はその日は下草狩りの準備等をするつもりであったが、森林組合の人がもう済んでいるのでその必要がないと言われたので、たっぷり見られたが、残念なことに植樹したものすべてが成長しているわけではないことを強く思い知らされた。土の相性なのか根付かなかったものがあり、根付いても鹿等にかじられたりして枯れたものもある。 KANTAの植樹したものもそれが多かった。それでもこれまでの植樹で一番成長したものをKANTA会員に知らせようと写真に収めたりした。

 この後、式の参加者であり、実際に植樹を手伝ってくれた森林組合の人たちの紹介もなされたが、実はこの人達の幾人かは、10年前の最初に植樹を手伝って下さった方たちであった。 KANTAがその時の写真を持参していったので、なつかしげに見入り、当時の姿を思い出していたようだった。

 お互いの挨拶と紹介は簡単だったが、実際の植樹は予定を遙かに越えてしまった。というのは、われわれの用意したのは、サクラ、クヌギ、ヤマモモの 3種類計30本。ところが KANTAの参加者はわずか6名(しかも高齢者が多い)。手伝ってくれる森林組合員は別としても、町長をはじめ、町の職員全員が、率先して植樹をしていた だいた。それは自分達の町の仕事をしているようにもうかがえた。報告者も含めて、KANTA会員は自分が植樹するものを1本決めて植えたりもしたが、 ふと、この会の催しにKANTA会員が30名参加しており、その人達が各自の思いを込めて植樹していたらなぁ〜、の思いがよぎった。(他方ではこの30本が 思いを込めて植樹されても、全部が全部成長するわけではないとの複雑な思いもあった。) 

 実際は12時近くになって植樹は終わった。長くかかったのにはもう一つの理由があった。最近は苗木が動物に荒らされないように、トウモロコシでで きた白いカバーをかぶせるようになり、今回は30本すべてにそれを施したからだった。植樹完了後、 KANTA事務局長の閉会の挨拶があり、作業してくれた熊野川町の参加者すべてに、KANTAラベルの付いた日本酒が記念品として配られ、すべてが終わった。

 記念植樹が終わって

 今回は10周年記念植樹としては参加者が少なかった。初めてのメンバーは報告者を含めて二人だった。参加費が7000円だったのが影響したのか? それとも一度きた人にもマンネリの気持ちがおこったのか。それは分からない。でもこれだけは言える。参加費の7000円は交通費と宿泊費であった。ボランティアをするにもそれだけかかったと言うことである。それよりも次のことは知っておくべきだろう。植樹だけの費用に関して言えば、今回1本の苗木を植えるにも実費として6000円もかかった。 30本だから18万円である。これらはKANTA会員の会費から捻出されているのだ。KANTA会員の参加者は少なかったけれども、会員としては一人当たり1200円分出してくれたことになる。今回の6名の参加者はそんな彼らの意思を受けて任務を果たしてきたのだとの思いで帰路についたのだった。

 おわりに

KANTAは、本来土地や建物をプロパティーとして持つことによってその環境保全を図るNPO、端的に言えば「自分の得にもならないことをする」団 体である。 KANTAはプロパティーをまだ持ってはいない。 KANTAの活動のシンボルとして取り組んでいる熊野川町にある森林にしても、それはKANTAのものではない。熊野川町のものである。にもかかわらず、 その熊野川町のために苗木まで自ら用意して自然環境を守ろうとしているのである。日本では税制の問題や国民性などがあってプロパティーを持つことがなかなか難しいとされている。だからこそ、KANTAが熊野川町の森林に対して行っている保全活動も、広い意味でナショナルトラストの活動としてみようとするのである。それはそれで仕方のない話であろう。

 だが KANTAは自然環境だけでなく、歴史的環境、生活環境の保全をも唱う団体である。力量不足等から、プロパティーをもてない段階であっても、唱っている以上は、歴史的環境等の保全に関しても、たとえそれが「自分の得にもならない」行政や民間のものであっても、熊野川町の森林に対するのと同じ様な思い入れを持つべきではないか、そのために他の組織より高めの会費をとったり、寄付を集めているのではないかと、今回のイベントに参加する中で、ふと報告者は思った。

 追記 今回の参加者の中に新宮出身の会員がおられ、イベントに前後して、新宮市内の自然的、歴史的、生活的環境の幾つかを案内してもらった。感謝の気持ちでいっぱいである。(三)


BACK



KANTA発足10周年記念植樹に参加して
〜ヨシ成長記録〜