KANTA通信 発行月:2012年3月
編集・発行
/(特活)関西ナショナルトラスト協会(KANTA)
発行:沖田文明
編集:KANTA広報室
関西ナショナル・トラスト協会 
No.64
〒550-0002 大阪市西区江戸堀1-2-14 肥後橋官報ビル5階((社))アジア協会アジア友の会内
06-6444-0587 Fax 06-6444-0581 Email: kanta@jafs.or.jp
関西の美しい水田風景や山林、歴史景観と生活環境を守る運動
平成24年   新年度にあたって
            
               KANTA代表理事  沖 田 文 明
  平成24年度年頭にあたり、ただ思うことは、今年こそは平穏無事であることを願うのみです、平穏無事であることの有り難さがしみじみ分かりました。去年は東日本大震災につづき、紀伊半島では台風による大雨で大水害が引き起こされて大勢の方が亡くなりました。いずれも有史以来未曾有の大災害でした。しかしいずれも日本人が過去に体験していることであって、歴史は繰り返されました。日本人が培ってきた文化、生活が打ちのめされ、物質的に、精神的に大変なダメージを与えました。
 日本列島は災害列島と言われるほど災害が多く発生してきました。しかし先人はこれらの災害困難に立ち向かい以前よりも良い国土に復興してきました。しかし今の我が国を見ると、復興が何も進んでいません。これも人が生活する為の平時での法律が障害になっているわけです。
 有事での法律を作っておけばこういう事にならなかったのです。 有事の法律は、平時の法律に優先するとしておけば災害に合った人々をすぐに復興に導くことが出来るようになります。近い将来の災害に対して早く有事立法が作られる事を望みます。これは与党も野党も有りません。いままで出来ていなかったのは野党の責任が大きいにではないでしょうか。なんでも反対するからです。
 戦争だけが有事ではありません。今、有事立法を作ろうという政治家がただの一人も出てこないのは情けなさ過ぎます。
 もっと国家国民のために身を粉にして働くのが政治家というものです。
 なにか年初から愚痴になってしまいましたが、もっと建設的なことも考えていかなければなりません。今年のKANTAは何が出来るのか、私が思うにはやはりKANTAの財産である美山楽舎をもっと有効に利用することです。 まずは美山の四季の移ろいを感じ、文化を体験し、京都伝統野菜に代表される食文化を楽しんで頂きたいのです。
 美山楽舎は古民家ですが、風呂、トイレ、台所は近代的な設備にしておりますので、自宅で生活するように過ごせます。 会員の皆様は年に一回は美山楽舎を訪れて日常を忘れ、非日常生活をして下さい。
 美山楽舎を活用したプログラムもいろいろ考えて実施していきたいものです。
会員の皆様もご参加を御願いします
特定非営利活動法人 関西ナショナルトラスト協会
第十三回通常総会開催のお知らせ)
 
 関西ナショナルトラスト協会の平成24年度の総会を下記の日程で開催します。
 去年の11月に山下ビルから隣の肥後橋官報ビルに移転いたしました。
 今年は役員改選の年にもなります。会員の皆さまのご出席をお願いします。


             記
開催日 平成24年5月19日 / 時 間 午前10時〜12時
場 所 アジア協会アジア友の会 四階会議室 肥後橋官報ビル
 (地下鉄四つ橋線肥後橋駅上がる)
議 題
 1、平成23年度事業報告および決算承認
 2、平成24年度事業計画および予算承認
 3、役員の改選
 4、関西ナショナルトラスト協会
  住所変更等の案件
※総会終了後軽食と懇談
会 員 募 集
会員の皆様、お友達やお知り合いをご紹介ください。
日本の美しい自然を後世に残すためにご協力をお願いいたします。
正会員 :年会費 12,000円
賛助会員:年会費 12,000円
協力会員:年会費  5,000円
平成23年12月10日(土)〜11日(日)
美山楽舎交流会
 美山町は京都伝統野菜の産地です。交流会では、我々の作った京野菜以外にも、その他の京野菜、珍しい大内蕪の煮物、美山地鶏、さば寿司、昔美山は貧しかったので「さば寿司」といっても「松前寿司」とか、「ばってら」と違い美山では焼きさばを賽の目に切って「ばら寿司」に混ぜてみんなで分け合って食べていたようです。それが大変御馳走だったようです。
 このような話を地元の方からうかがいながら交流会は進行します、
我々は主に新鮮な魚類を持参して食べていただきます。
 今回は昼ごはんにドラム缶でピザを焼いて食べました。ドラム缶の下部で薪を燃やして上部の空間で鉄板に乗せたピザを焼きます。皆でドラム缶を囲んで暖をとりながらすぐに焼ける熱々の美味しいピザを食べました、パフォーマンスが面白いので好評でした。
そして特筆することは美山の地鶏鍋を食べながらワインの利き酒です。発泡ワインから始まり赤や白ワインを数種類テイスティングします。ソムリエのワインにまつわる話を聞きながら、中々数種類のワインを一度に飲む機会はありませんので一同大盛り上がりです。ワイン談義に、みやまの食、色々な文化を体験しながら又次回の交流会に楽しみは持ち越しです。
 交流を重ねるごとに地元の方との絆は深まります。カンタは古民家を保全するという目的もありますが、保全と共に地元の方との文化交流も大切に守っていくことも大切だと考えています。やはり人と人のつながりも大変重要です。
これからも続けていきたいと思います。
美山の郷土料理鯖 飯
 鯖街道と言われる道は幾つかありますが、一番西にあるのが周山街道(国道162号線)です。その通り道にある美山には、鯖を使った料理があります。鯖寿司といわれる鯖を一本使った寿司ではなく鯖を細かく切り酢飯に混ぜ込んだご飯です。
 できるだけ多くの人が鯖を食べれるようにと細かく切り、ご飯に混ぜ込んだのです。先人の知恵が活きている料理と言えます。
 素朴な美味しいご飯です。
放射能をEM菌で除染
淀川しじみ獲りの仲間が福島県で実験


 毎年淀川でしじみ獲りをカンタと共同で開催しているNPO地球環境・共生ネットワークのグループが、福島県飯館村の果樹農家でEM菌による除染実証試験に取り組み成果を上げています。数値的には試験開始時、放射性セシウム濃度は土壌一キログラム当たり二万ベクレル以上ありました。一ヶ月後には一万二千ベクレル、二ヵ月後には五千ベクレルまで減少していました。
 果実中にも大量の移行は認められず安全値に納まっています。EM菌では除染は無理と言われて、政府の検討技術には成っていませんが、低減効果は出ています。EM菌中に有る光合成細菌の蘇生機能が放射性物質の分解を裏付けるものとして注目されています。もう少し実証試験を見守りましょう
(三重野氏談)
六甲山最古道をめぐり有馬へ
 六甲山の南、瀬戸内側の深江から〜六甲最高峰をとおり有馬に下る、ととや道(魚屋道)と呼ばれる古道があります。
 今回はカンタ春のスタディウォークとして行商人が海産物を担いで運んだ最高峰越えの道を歩いてみることにしました。この道は有馬に抜ける最短距離で鮮魚などの質を落とさずに短時間で運べる道です。大変なしんどさだと思いますが、その根性は見上げたものですね。
 阪神深江駅東にある古道起点の石標と解説版を出発点にして森稲荷神社〜高橋川〜昭内橋〜蛙岩〜風吹岩〜本庄橋跡〜七曲り〜一軒茶屋〜六甲最高峰〜吉高神社〜有馬温泉に至る古道です。コースタイムでは4時間半程度かかりますが我々は昔の行商人のように急ぐこともないので、花見を楽しみながら六時間程度時間をかけて古の道を楽しみませんか。下山後の温泉も疲れを癒してくれますよ。
 下記の日程で行いますので御参加下さい。
             記
    日   時  平成24年4月8日(日)
    集合場所  阪神電車深江駅前改札
    集合時間  午前9時
    解散時間  午後5時頃 有馬温泉か宝塚
    持 ち 物   お弁当、水、着替え、温泉グッズ
    履   物  ハイキングに適した靴
    会  費  (交通費別)1000円
大阪湾埋め立て地での植林活動報告
ありがとう!グリーンベイ第5回植樹会
(特活)関西ナショナルトラスト協会と協力関係にある、(特活)グリーンベイ大阪は大阪湾埋め立て地、堺第7ー3区に2008年から植樹と草刈りをしています。
 今回で5回目の植樹祭を行いました。子供達も含め120名の参加があり市民の関心の高さが伺えます。
 植樹と共に今までの植林地の下草刈りをしています。その際3年前に植えた木々を観察すると もう背丈以上になっています 。エノキ、ムクノキ、山桜、松、などです。自分たちが植えた木々がたったの3年でこのように育っているのをみて、皆さん感動です。これぐらいに成長してくると下草刈りは必要でなくなります。足下には日陰に強い低木を植えているので全体でうまく育っています。
 この植え方は、ユニット方式と言い、直径3メートルほどの円形の中に高木(落葉・常緑混植)中木、低木を15本程植える方式です。このような円形を適度な間隔を開けて植えていきます。この円形の中で樹木は競争して育ち、最終的には自然淘汰で強い木が大きく育っていきます。
 今回を含めて5回の植樹で約3500本の木を植えています。その種類は20種類以上に及びます。植樹・草刈りの参加者も段々増えてきて今回は120名にもなりました。
 初回からの参加者は自分の植えた木々を見つめては、大きく育っているのを見て誇らしい気持ちになっています。 
 私も自分が植えた木々を眺めては、つくづく木は植えておくモノだと実感しました。
 植林の理想型は吉野山のように広葉樹から針葉樹、いろいろ取り混ぜて年間100万人もの見学者があるような形です。 春は桜、夏は新緑、秋は紅葉、いつでも観賞出来る状態です。
 何年後には大阪湾の名所として人が、生物が寄り集まる森にしていきたいものです。

自然に親しむ■ 厳冬の明神平を登る
                      沖田 文明(会員)
 去る2月19日に早朝から東吉野村台高山系にある明神平に行ってきました。
 この山系は、高見山と明神平は樹氷の名所として知られています。
 登山口まで10キロほど手前から前日降った雪が薄く積もり凍結しています。 
 我々は2台に分譲し凍結した道を慎重に運転して、午前8時過ぎに登山口駐車場に着く。
 このあたりはもう20センチのほどの積雪です。各自身支度をし、アイゼンを付けて出発です、天気は快晴、前日降った雪で全山樹氷を作っています。我々は近畿でこれだけの樹氷を見るのは初めてですし、信州に劣らない樹氷です。感動しながら登山道を上がります、途中で去年の台風12号で荒らされた川沿いの道を遡行し、横断したりしながら上がると、8割ほど凍結した明神滝に出会います、この滝は50メートル程あり氷結しているので大変見ごたえがあります。ひとしきり写真を写したり、滝を上から眺めてりして楽しみました。
 このあたりはまだ杉、檜の植林地帯ですが、滝から少し上がると灌木地帯に入りこのあたりがまたまた樹氷の名所です、我々は写真を撮るのが忙しく中々前に進めません、下山の方が山頂に行けば最も綺麗ですよと教えてくださりやっと上に向かって歩き出しました。50センチ程雪が積もった登山道を歩くのはかなりの重労働です、適当に休憩を入れながら、潅木の樹氷を眺めながら天神平ら到着です、天神平は昔スキー場が有ったようで、ロープウエイの設備が残っています。
 約2時間10分の登りです。前進者の踏み跡が無ければもっと時間がかかったでしょう。それだけ雪が深いのです。  山頂は近畿きっての樹氷の名所です。全山目を見張るばかりの樹氷です。
 今日は前日に雪が降り、冷え込んで、そして快晴ですから、一冬に一回か二回の特異日です。存分に樹氷見学と写真です。
 それが終わると昔のスキー場を舞台に雪遊びです。何と言っても元スキー場ですから広大な雪原です。肥料袋をお尻に敷いて滑りますが雪が深すぎて滑れません。それでも勾配のきつい場所なら何とか滑ることが出来ました。
 山頂付近で雪遊びをした後、雪の上で、キムチ鍋と焼酎で宴会です。空は快晴で気温はマイナス8度、鍋を食べて、焼酎お湯割を飲むと寒さは吹っ飛んでいきます。そんな雪上宴会を楽しみ、時間が来たので下山です。下山はまた楽しく肥料袋で滑り降ります。しかし雪が深すぎて滑れません。下山路の急勾配の場所が来たら滑ります。 
 スキーも楽しいのですが、こんな雪遊びも子供に帰ったようで大変楽しいものでした。下りはのぼりと違いあっという間に下ります。駐車場まで戻ると、今度はやはり温泉です。帰りは八幡温泉に入り、疲れを癒して帰路に着きました。今日は最高の雪山日よりでした。雪山が始めての同行者は感動していました。しかしこんな日は一冬に一から二回で、めったにありません。吹雪のときに登ったらどういうでしょうね。
第3回 「太子街人の会と歩く歴史ツアー」

                                  中岡 健生(会員)
 上ノ太子駅前に平成23年11月26日に集合しました。この日も最良の登山日和に恵まれました。案内人は街人の会の薮内さんです。本日は、二上山へ直行と13名の参加者は元気に出発です。
 飛鳥川に架かる六枚橋を渡り、太子町の山田の大道(最古の官道・大道=飛鳥時代に造られた大街道のこと)地区に入る。旧街道を歩いているとそこ此処に残る地蔵様や当時の旅人たちを導いた石の道標や土塀が次々と目に入ってくる。
 昔、旅人たちに餅を振舞ったとか餅屋があったとか伝えられる餅屋橋の辻をすぎると、すぐ右側に伊勢灯篭と大和棟(瓦屋根に茅葺がのっている国の登録文化財)の大きな民家(大道旧山本家住宅)があり道を挟んだ向かい側が幸徳天皇陵。坂道を少し上ると拝所があり周囲は鬱蒼とした木立。枕草子に「うぐいすの陵」と紹介されている。
 幸徳天皇陵から竹内街道歴史資料館まではすぐ。ここは帰りに見学することにして、旧街道を国道に出て万葉の森駐車場まで車の通行量が多いので安全に注意しながら歩きました。
 歩くこと1時間40分くらいで万葉の森入口からはいよいよ山道。ゆっくりと健脚向きコースの岳上り、鹿谷寺跡へ着き十三重石塔と線刻三尊佛が残る奈良時代に造営されたという大変珍しい石窟寺院。
 飛鳥時代に竹内街道を通じて運ばれた大陸文化の息吹が感じられる。さらに尾根筋を上って雌岳(474m)山頂の日時計の場所で昼食をとりました。
 頂上で頂く食事も爽やかでとても美味でした。
 東を望むと大和三山がまるでパノラマよう、そのまま下山すれば当麻寺です。西に少し下ったところに岩屋がある。鹿谷寺跡と同じく奈良時代の石窟院です。
  かって火山活動によって二上山から産出する、凝灰岩・金剛砂、サヌカイト(これは今回入手出来、皆さんに見て頂きました)刃物の替りの石としてその岩石は歴史上重要な役割を果たしたと言われています。
 体力と好奇心のある希望者だけが古墳時代に石棺の原材料凝灰岩を切り出した石切り場跡に足を運びました。
 いよいよこれから竹内街道歴史資料館まで行き、元館長の案内説明で竹内街道を軸に町の歴史を展示物の解説をしていただき、町内の考古、歴史民俗などの多岐にわたる文化財を公開しているものを見学して玄関前で移動式組立型仏壇を背負う体験をさせてもらいました。これは箱の中に金剛砂を入れ昔のままの重さにして実体験するとの事。
 最後に、第一回に訪れた妙見寺にも案内され和尚さんによる講話を聴くことが出来たので少し詳しく話してみます。
 推古天皇6年(五九八)蘇我馬子の創建と伝えられて、七堂伽藍を備えた大寺であり河内の国最初の霊場であり、明治に入り廃仏毀釈運動の煽りを受け明治6年(1878)3月6日に廃寺になった。しかし、明治13年5月12日に現在の地に再興し「火伏の妙見寺」として今日に至っているとのこと。
 これで全行程が無事終了し、今までのツアーでは最長時間を要しましたが参加者全員元気で予定通り街人さんに駅まで送ってもらい、おかげで本当に学ぶべきことが多く有意義なツアーになりました。心からお礼申し上げます。
 私は、太子町の住人でありますが、まだまだ沢山の事が知りたく、次回はもっと楽しい所を探し,沢山の方々が参加して頂きたく思いますので、今後ともよろしくご協力をお願いします。