生態系の流れから
   
                           永井 博記(JAFS会員)

 

 6月に「はやぶさ」が持ち帰った「イトカワ」小惑星の塵が話題になり、記憶に新しいと思います。宇宙の塵の様々な元素か絡まりあい、偶然と必然の結果から地球が生まれたと言われています。科学探査の経験が、いつの日か、私たちがどこから来たのかを教えてくれる時が来るのでしょうね。
 地球は宇宙空間で旅を続けながら、大洋をつくり、その海の底で生命を生み出しました。やがて生命の一部は陸上へあがり、ここ5億年ばかりの間に今日見る、生物たちの3千万種に及ぶ繁栄を形作っています。地球内部のプルームやマントルの動きによる気候の変動や惑星の衝突など、様々な生命の危機を乗り越えながら命をつなぎ、想像をはるかに超えた時間の流れを経て、ようやくわたくしたち人間が生まれてきたと言えるでしょう。そして私達は、他の多くの生命に育まれながら、地球の地下から掘り出した生命の遺体=石炭・石油を使うことを覚え、様々な道具や品物を作って快適な生活を手に入れる事ができました。
 その快適さを追求する余り、繁栄と快適さから取り残された同胞や、そのために犠牲になる他の生命に対する配慮に欠けた状態を生み出している現状があります。では、繁栄の基礎になってきた水と樹木について、少し考えて見ましょう。
 
 地球上に大昔から存在して一番大きな生き物は、樹木です。さすがに長い歴史を生き抜いてきた生命体だけあって、太陽光、二酸化炭素、水をうまく使い完成されたエネルギーの循環系を形作っています。地下深く張り巡らした根系で水・養分を吸収し、降ってくる雨を枝葉で受け止め、樹幹流として根元に集めて体内物質循環をおこないます。また、自身の体で不要な部分を地面に落として、いろんな土壌生物の餌を与え、最終的には無機化されたものを、再び自分の栄養分として利用できるように、水を仲立ちにした巧みなシステムを作り上げています。 そして、命を終えた後に長い時間をかけて、再び水と二酸化炭素に変わっていく様子か観察できます。分子・電子に至るナノレベルまで見つめていくと、長い時間を経てできた、循環型の多様性に富む生命の共生生態系システムが見え、学ぶべきものがたくさんあることが分かります。

 私達が飲料に使っている水は、もとは、海洋から蒸発して雨になって降ってきた水と、地球の母岩と土壌に蓄積されたものです。その水を井戸で汲み出して使い、長い年月をかけて地下を移動した末地表に現れた湧水として使い、また、地表近くを循環して川で流れている水、湖や池に滞留した水を浄化して使っています。 一連のシステムの流れの中で、森林の役割は重要で、形作られた森林土壌は、水を保留し、浸透させて水の循環を安定化させます。樹木の蒸散による水は、地球の全水循環量13億8600万立方キロメートルの10%あるといわれています。人が住居を定めた付近には、この恩恵に預かる暮らしがあったはずです。しかし、燃料を得るため、或いは食料作るため、工業製品を購うため、多くの国々で森林が伐採されました。その結果、身近にあったはずの水が遠い存在になり、自分達の快適な暮らしを脅かし始めました。

 今、アセアン諸国の工業化及びBRICS諸国の著しい経済発展に伴い、工業製品を作るために必要な石油・天然ガスや、レアメタルなどの資源確保が認識され、今までのように、「在るものを無いところへ売って儲ける」形が崩れ、外交のカードに使って、将来のあるべき資源の流れを見直しはじめたようです。工業を維持して経済的繁栄を手に入れる為に、集合的に都市部で暮らす必要から、水資源の取り込み方にも変化が現れてきました。人類総和の快適性の追求のため、資源ナショナリズムによる争奪戦を始めるのではなく、適地適資源型の利用と創造的エネルギーシステムの確立を行い、理にかなった分配の方法を築きなおす必要に迫られています。私たちは、全世界に張り巡らされたIT情報ネットワークを手に入れたのだから、正確で正しい情報判断に基づき、よりスマートにクールに持続可能な地域型社会をアジア規模、世界規模の視点で作っていく努力を強いられるのではないでしょうか。
 
 幸い、私達には世界に類を見ないようなテクノロジーや、ややプライバシーを超越した形の共生型の生活哲学を伝統として受け継いできています。奴隷貿易と地下資源で発展してきた略奪型哲学による生存が破綻に面している現在、「人類にとっての新しい村」を、全力で作り始めねばならないでしょう。
 樹木が作ってきた生態系に学びながら…